ラシャ切鋏
日本におけるラシャ切鋏製造の起源は、明治時代初期とされる。江戸時代までの刀鍛冶の多くは、明治維新を経て、「廃刀令」が出されるに至り、ほとんどがその本来の仕事を失った。そこに欧米から大量のラシャ布地が輸入されて、これを切るための鋏の研究が始まり、ここに日本刀の鍛錬技術が応用されて、日本のラシャ切鋏の祖型が生み出された。その祖師とされる「弥吉」(本名・吉田弥十朗)を本流とし「総火造古式製造法」は「長太朗」にその技術が継承されている。
鋏の製作工程としては、まず「輪ごしらえ」から始まる。これは鋏の、手で持つ部分を、材料である極軟鋼から切り取り850℃〜900℃に熱して、「親指」(親指を入れる方)と「下指」(4本の指を入れる方)を「とび口」という特殊工具を使用し、数十回にわたる工程を経て作り上げる。刃物である以上、鋏の優劣を決定する要素が刃部であることは言うまでもないが、ラシャ切鋏の場合、長時間使用しても疲れず、厚い布地を切っても力が入りやすいという「使い心地の良さ」は、この「輪ごしらえ」で決まると言っても過言ではない。刃の焼入れには、古来より刀剣の焼入れに使用する松炭を用いて750℃〜800℃に加熱し、その後、水で冷却する。さらに、刃部の靱性を出すため、焼戻し油を150℃に熱した中に入れ、約1時間20分焼戻しすると、持続性のある優れた切れ味が得られるのである。
総火造280mm ラシャ切鋏
ラシャ切鋏の生命は、上刃と下刃の微妙な摺り合わせにあり、これを「起こし」「ひねり」の技術を駆使して、滑らかな「調子を出す」ことが重要である。これらの作業はすべて手仕事で行われ、そのために、すみずみまで神経の行き届いた優れた鋏が生み出されて行くのである。最終調整した鋏は、刃持ちが良く、布の逃げがないということから、天延天草砥石で最終刃付けをして、写真のような完成品となる。